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逆にー

逆にー
これが噂の逆チョコ。

ありがたみは値段や大きさでなく、
渡し方で決まるんだと
もらって初めて確信した。
最大の収穫だ。


よく見るとロゴが逆。
家に帰るまで気付かなかった。。

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2月の反省

2月の反省
久しぶりの生け花。
あれ!?っていうその静かなリアクション、
やめてください。
誰と来るかはフリーダム。


枝と花の組み合わせが自由だった。
桃があって、カラーがあって、かすみ草があって、

あ、桃好きー
カラーいいですよね
敢えてのかすみ草?雪っぽくてこうして見るといいかも、、、

と、同時並行に思い、
欲張った組み合わせに。
今にして思えばそれが敗因。
いつも半強制的に、
地味だったり好きでないものを
組み合わせて渡されることに
重要な価値があったのだ。

そこへ中途半端に強い器チョイス。
黒だからいいだろうと思ってるけど、
形が大変。
ここでダメ押し。

はたと向き合っても、もうやりたい形が浮かばない。
何を生かせばいいかわからない。
みんなよくて、意思がない。
久しぶりのぐっだぐだ。
焦れば焦るほどノープラン。全部喧嘩。
そして、引いて見れなくなる。
一部だけ見て、いじっているうちに時間が経つ。
要は、欲張りすぎている最近の自分がよくよく出ました。


「クラウドすぎないか?」


っていう感想が若干おもろかった。

ゆっくり落ち着いて
花が生けられるってのは、
退屈だけど大切な事なのかもしれん。

何とか先生にあれこれしてもらって、ようやく終了。

先生にも
「前は大きくいけられてたのに。。。」
と絶句される始末。


家に帰ってから、2人分の花をまとめて飾ったら、
それはそれでまとまった。
欲張りも極めれば形になるってことか。

いずれにしても、修行が足りない。

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義理撲滅または解放運動

 
小さい部署で、
アシスタントの皆様及び若手の気が利きすぎて
強制的に男性陣(この言葉大嫌い)にチョコを渡すという
下らない習慣が続いている。
 
全員に渡すチョコほど下らないものはない。
贔屓の人にだけ渡すから、バレンタインは楽しいのだ。
義理チョコなんてものは存在せず、かといって本命チョコだけが
バレンタインのチョコではない。
その中間の擬似恋愛チョコみたいなもんが
確かに存在するはずだ。義理より擬似チョコだ。
義理は撲滅したいが、擬似は推奨したい。
人間は必ず好き嫌いがあって、それに正直になるからこそ
死ぬまで恋愛の感覚を無くさずいられるのだ。
最近どきどきしないとかいうやつはそれをサボっているだけだ。
 
仕事でお世話になっている人に、
ふとあげたいなあという気持ちになって、
渡すのが結構好き。
普段あまり感謝の気持ちを伝えられない
自分のような人間にとっては、とてもよい機会になっている。
適当だから、毎年必ずあげる、というわけでもないんだけども。
仕事と私情の混同はいけませんが、人生の中で出会って時間を共有
していることに変わりはなく、仕事中だって対人間同士のお付き合い
なんだから、そのくらいの贔屓はいいじゃん。と思う。
 
そんな気まぐれ、もらう/もらわない方には迷惑だ、っつー話もあるが
こちらも「あげたけど全く返ってこない」「忘れて帰る」とかいう
辛いリスクもあるので、まあお互いさまです。
 
で、撲滅したい弊社の義理ですが
下らない!やめちまえ!というと
優秀で優しい彼女らの
気配りを否定するようでやめられない、もどかしい悪循環。
毎年うんざりしていたのだが
今年は気分を変えて、前向きに楽しむ策を考えた。
 
チョコレートファウンテンを呼びます!
意外とレンタルが安い。ちょっと夢がある。
みんなでそうして楽しんで、一緒に食べればいいんだよ。
これは、義理の解放だ!
今年は、フェアトレードのチョコが流行っているけど、
それも同様に、バレンタインはただのきっかけにして
フェアトレードなものにお金が流れる、って展開がいい。
 
本当はR25カフェで道端の人も巻き込んでやりたかったが
本部のOK出ず、私が大阪出張で参加できないという無念。
そんなにチョコ食べないからいいけど、見るだけみたかったなあ。。。
からあげ君とか、おにぎりとか、ソーセージとか持ち込んで、
闇チョコファウンテンしてみたかったなあ。。。。。。
 
って新幹線の中で妄想中。

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見えないものが見える

中野の劇場。 今まで大して面白いのを見たことない、のもそうだし
多分芝居という世界観があんまり好きではない。
井の頭〜中央線界隈の香り?
ライオンキングだって寝たし、もう私とお芝居とは
恐れながら、タモリとミュージカルのような関係であると断言したい。 
とはいえ、ライブで見ることの迫力や
見たことないものへの好奇心はあるので、
師匠寺研の協力なご推薦もあり来たというわけ。 早速遅れて恐縮しきりなわけだが
何とか座って追いつく。 
ああ、やっぱり、結構、辛いなあー。。。 言葉や振る舞いや音楽や衣装やその他全て、
好みの問題なので、これが合わないと
悪い意味で鳥肌が立ちっぱなしになってしまう。 それでも、何だか異常に迫力があり、
演技そのものはむちゃくちゃうまいんだということは分かった。
気合が違う。会場の大きさもいい具合に小さいので、
それが十二分に伝わる。 結局最後、見せ場で
女優さんの気迫の一人芝居が続くところ、
気を抜いたらあっという間に引き込まれる迫力があって、
泣きたくないから直視もできず全力で我慢したんだけど
それでも泣かされてもうた。何だこの圧倒的な力は。
演劇界のフリーザ様がいた。
斜め前の席に、子供が座っていて、暗転のたびに
「怖ーい」と言ってみたり、スモークに「くさーい」
と言ってみたりぐだぐだしていたのだが、
このときばかりはぴたりと黙った。泣く子も黙るのだ。
役者はヒーローだ!っていうメッセージ、臭いなあと
思っていたんだけど、この人達が言うならそりゃあ説得力あると
最終的には思わされた。 ああ、なんかづかれた、、、と思った終了後、
打ち上げに混ぜてもらったもうひとびっくり、
引きこもり役のおっさん、本当に目に力のない引きこもりに見えていたんだけど
飲んでる姿はめっちゃ生き生きしとる。
なんなのこのビフォアアフター。演じる力って、こんなに
目に見えてしまう、凄いもんだったのだ。本当に知らなかった。 多分3年に1回くらいしか行かないけど、
とにかく凄いものを見た。   帰り間際、いさちゃんからメールが。 彼女に降りかかった災難の確率と、こんなに大いびきの人の隣に座る確率は
果たしてどんなもんだろうと、朦朧としながら中央線の上り終電にて帰る。   
 

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贅沢もん

贅沢もん
美術館美術館!
 本物のルノワールやらモネやらなんて
 見たことないです。見れるんですね。

 ということでBSM!。
 http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

 まず「そんなに集めたの?」だよ。
 昔の大経営者っつうのはその、すごいですよね。
 文化に対する投資というやつ。
 エジプトから持ってきちゃった色んなものやら
 ブロンズやら絵やら。

 よく分からないながらも、
 たくさんの絵をみて
 ああでもないこうでもない言いながら
 (絵に対して「ナイステンション!」
   って声かけあるんだ。。。)
これはセンサーだろうかとか
地震計みたいなものに
気を取られたり
修復の感じが気になったりしつつも
つい見入ってしまうものを発見するのは
 実に優雅な時間です。


 普通の人が書く絵は、こんな凝視に耐えられない。
 近寄ってみても、遠くからみても、
 おお 飽きない というのがいくつかある。
 そういうのが、自分の好みの作品というやつなのか。
 藤田嗣治の「猫のいる静物」というのが一番。
 面白いで言えば、聖猫キーホルダー。


 人とこういうの見るのは、好みの違いもあるので
 緊張しますが、あっという間に1時間ちょっと。
 飽きっぽいので全部じっくりは見れない。
日曜日以外は20時までやっている
てのも素晴らしい。
静かで空いててよかった。

 ごちそうさまでした。

 尚さんに首里城案内してもらうようなもんですな。。

確実に人に薦めます。えぇ。

 からの、東京タワー下。
 瑣末な記憶が邪魔して、
小山薫堂の店なんていけすかない事
この上ないんだけども、
子羊とワインに罪はない。
 普通のグラタンを食べながら
おいしい白ワインを飲みますよ。
 サービスはとってもよかった。

 子供の頃に刷り込まれている
「2月の寒さ」に違わない
 極寒の夜をだいぶ暖かく過ごした週末。


 写真は、今週一番贅沢だった昼飯

 東京グランドホテル特製「ステーキカレー」

 ずっとコンビニおにぎり食べ続けた甲斐があった!
 外資系企業万歳!!
 普通にステーキ丼として食べてから
カレーかけるのが いいと思う。

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本質の分解

本質の分解
先週会社パソコンが完全に沈黙した。
今週ようやく直した。


技術スタッフが派遣され、
実に2日間かかった。
自分のパソコンを持ち込んで
作業する横で
日本オフィスシステムの人が
頑張ってくれている。
なぜか汗だくで。


「ハードディスク交換しても
回復しませんので
バイク便で部品を取り寄せて
マザーボードとメモリも交換します、」
て、それはもう、
新品じゃ…。


原稿を作らなくなって久しいので
バイク便という響きは
ものすごく贅沢に聞こえる。


外したところがあまりに
サイバーだったので
ちょっと見して貸して触らしてと
お願いして写真撮る。

インテル入ってる!
と確認して
これは何ですかと聞きまくったら
迷惑そうだった。
配線細かい。キャパシタ山ほど。
すごいなあー。中身。
単純なものの組み合わせが
複雑な処理をしている。


CSフジテレビに
ひたすら分解する番組があるが
あれを思い出した。

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藤沢で民主主義

藤沢で民主主義

土曜日、藤沢DP@SFC
古代アテネの手法をもとに(!?)
民主主義の新たな手法として
市民と政策形成のためにアメリカの大学で開発された何か。
討論型世論調査、という位置づけ。
熟議に近い要素はたくさんある。
http://keiodp.sfc.keio.ac.jp/?page_id=8


無作為抽出の市民に
情報インプットし、グループディスカッションと
全体で専門家達のディスカッションを聞く、というのを
繰り返して、社会資本の向上が図れたか確認するという。
アメリカのいくつかの州ではこの手法を政策形成段階で
取り入れているのだとか。

本当は2日間のところ1日に組みなおして、
日本版として曽根さんが藤沢市でやると。
熟議ウォッチャーとして、見ねばならんねつうことで
見学。曽根さん!時流に乗ってきてますねえ

9:00−17:00という超長拘束時間に実に300人近くが
参加したっつーモチベーションの高さ。
一人一日5000円貰えることもあるが。


車で構内まで乗り入れたろうと守衛さんとこで
車を降りて、手続きして車に乗ろうとした時、
なんか見たことある人が誘導棒を持っていることに気づいた。

よよよしとみ君でないか!


卒業以来初めて会った気する。
どれだけ似合うのか駐車場誘導係。ここにもベテランがいた。


で、θ館へ。申し込みの肩書きが文部科学省になってたけど、
誰この申し込みしたの。
ちょうど全体説明が終わり、各部屋へ分かれるところ。
いっぺいさんと池田さん(池ちゃん)と合流。
整然と、大人がキャンパス内に大量に歩いていることに
ちょっと高揚感。

すげえ・・・!!社会実験ってすごい!!!
理系の実験とまた違うこの迫力よ。イベントとは全くスタンスが違う。


10人前後で、20の部屋に分かれた。
想像の範囲内の議論。なかなか活発に、とはいかない。
藤沢市の人口構成とほぼ同じ比率になるよう、年代を抽出している
そうなのだが、目の当たりにすると、自分の世代の少なさに愕然とする。
参加した20代、30代はもっとそうなのではないかな。
一部屋に2,30代前半が1人いるか、いないかくらいだ。
疎外感に近いものを感じる。
数の理論になったら、私達の世代に希望はない。
いかに40代、50代、60代と意見をすり合わせておくことが必要か。
理解できない年代の人は追いてっちゃえ、と思っていたら
自分が遠く少数派として外れていただけだった、という状況。

そうやって、あらゆる世代の市民同士がコミュニケーションを
とる必要を感じる、そこが新しい公共の入り口なんだろうなあ。


ある部屋で、超元気ハイパー老人が、

「俺達は戦争で人を殺して、帰ってきて、何にもないところで
 死にものぐるいで働いて、それで今の日本がやっとあるのに、
 なんだこの状況は!」

 と怒鳴っていた。「給食がないと働く母親にはきつい」、という意見に
 我慢ならなかったらしい。甘えている、全て間違っている、と怒った。
 戦争に行っている世代の、こんな激しい感情を見たことがなかったので
 ショックだった。私の知っているおじいさん達は皆「もういいんだよ。」
 というトーンだった。本当は、そのおじいさん達も、どこかに持っていた
 感情なんだろう。明らかに犠牲を払った世代にこう言われると、
 なんだか帰す言葉がない。どれだけ悲惨で辛く悲しい状況だったかを、
 私達はずっと様々な物語で教育されてきたから。

 こうして回りの世代を黙らせてしまったから、
 事なかれ主義のようなものが生まれたんじゃないかという気がした。

 結局その部屋では、自然と結束が強まり、午後にはおじいさんの
 怒りキャラをうまくおばさん中心に受け入れて議論を進めていた。
 地域の潤滑剤として活躍していくのは、おばちゃんなのかもしれない。
 その部屋の若い女性は不満そうな顔で口を閉じたままだった。

 他の部屋では、やはり元気のいいスーパー老人が
 20代と話がしたかったと言っていた。その部屋には残念ながら
 若者はいなかった。とにかく皆若者と話したいんだ、と言った
 粉川先生の言葉を思い出した。


 「専門家のディスカッション」として、グループ話し合い後、
 θ館に全員集まり、専門家とやらのお話を質問形式で聞く。
 午前中のは、わざとなのかもしれないが、フラストレーションのたまる内容だった。
 午後の部の、我孫子市の元市長福島さんが超面白くて印象的。

「陳情政治は、個別で政治家とつながったもの勝ち。
 それを見て、俺も俺もと個別の陳情に殺到する。
 つながるモチベーションの無い者、きっかけの無い者との
 格差だけが広がっていく。
 陳情政治は、市民同士のコミュニケーションがいらないので、楽である。
 他人の事情を知って理解する必要がなく、自分の周辺環境からの発想で
 提案をすれば済んでしまい、おおよそ理解できない立場の人と
 膝を付き合わせる必要もなく、自分達の要求だけが通る。
 そんなものをしているうちは、市民同士のコミュニケーションは起こり得ない。

 一方、市民の間で粘り強くコミュニケーションコストを割いて、
 熟議していくことでしか、ソーシャルキャピタルは向上しえない。

 誰かが、楽だし俺達は特別だから、と陳情した瞬間、それを見た人達は
 なんだじゃあ俺も、と市民の中で議論することをやめて、易きに流れる。
 個別の陳情政治から脱却することは出来ないだろう。」

てな内容。これはとっても大事なことだ。
いつもいつも、「我々は特別」を横目で見てきて嫌な気持ちになっていたのは
こういうことだったのかな、と腹に落ちた。

 さてこの講演や、グループごとの話し合いが、どれだけ藤沢市民を
 変えたのか。事前と事後のアンケート集計が楽しみ。

 大学って、本当になんでもできる場なんだなあ、とその機能の
 認識を改めた。地域に大学が一つあるって、ものすごい価値なのだ。


終わって八田に行こうとして、
まさかの満席からの、豚菜。
チキンカツを思い留まっての、生姜焼き定食。
○○定食を食べる時、9割が生姜焼きになる。


満腹かつ朦朧で渋谷に行こうと湘南プラザの駐車場を
出ようとしたときに、急ぎすぎておつりを取り忘れ、うっかりバックしたら
料金払って上がっていたバーが、センサーの都合上出庫とみなされ
下がってしまうという罠。これ人生二回目だ。。。

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